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HARADAプライベイト

見ろ、あれが俺らが探していた両国国技館だ。見ろ、あれが俺らが憧れた力士だ。見ろ、あれが俺らが恋い焦がれたちゃんこ鍋だ。みろ、あれが俺らが求めていた力士の(やけに美人な)嫁だ。

気づく人になろう

世の中は、自分が思っている以上に知らない事であふれている。自分がなにかについてかなりの知識を持ってると思っていても、それは実際はほんのさわりの部分でしかなく、奥深いところまでは全然知らない、なんて事はよくある。しかし、だからといって知らない事を諦めてはいけない、自分が知らない事を知って学ぼうとすれば、必ずや道は開ける。

それは、普段の生活にも言える事で、何でも気付いているように思える事でも、意外と気付けていない事が多かったりする。そんな気付けていない事に、今日は気付いていきたい。

 

蝶番(ちょうつがい)の存在

ドアをあける時、しめる時、蝶番の存在を意識した事はあるだろうか、もし、ちょうつがいがなければ、我々の出入りは引き戸か回転扉くらいしか選択肢はなかった訳だ。日本の古い邸宅ならともかく、いまやほとんどの扉は蝶番を利用したドアである。たまに建て付けが悪いのかギイイと鳴るドアは、もしかしたら蝶番の「気付いてほしい」と言うサインかもしれない。

 

右利きの存在

普段何気なく生活していると、ものすごく当たり前の事に気付かない事がある。例えば左利きの人に「へー、左利きなんだ」と驚く光景を目の当たりにするが、左利きの人はそのときに初めて自分が左利きだった事を思い出す。逆に言えば右利きの人も同様「右利きだったのね!?」と言われて初めて自分が右利きだった事を思い出すはずだ。むしろ、右利きの人は自分が右利きであるなんて思いながら生活する事はないだろう。左利きは右利き優位の世界で暮らすからこそ自分が左利きだと思わざるを得ない場面が多い、そのため、比較的多くの時間自分が左利きである事を意識させられる。右利きの自分に気づこう。たまにピッチャーが右肩に違和感を感じるのは、右利きだと「気付いてほしい」という体のサインかもしれない。

 

どうだろうか、意外と当たり前すぎて気付かないなんて事なかっただろうか、私は風呂場でシャンプーしてる時、後ろに誰かいるんじゃないか的な事にはよく気付く。