HARADAプライベイト

見ろ、あれが俺らが探していた両国国技館だ。見ろ、あれが俺らが憧れた力士だ。見ろ、あれが俺らが恋い焦がれたちゃんこ鍋だ。みろ、あれが俺らが求めていた力士の(やけに美人な)嫁だ。

選択の人生

「人生は選択の連続である」ってなにかのドラマで言ってたけど、確かにそうだなと思う。

人生における選択ついて、ささやかながら考察する。

 

 

 

 

 

・どっちの歯で噛むかの選択

コレはほぼ無意識の選択だろう。私は気がつけば右の歯で噛むことが多い。スルメ的なかたい歯ごたえのあるものだとついつい右の歯で噛むわ噛むわ。でもスルメみたいにかたいのはずっと同じ歯で噛み続けると疲れてくるので、そこで左の歯が投入される。それまで左の歯は、右の歯が前線でガンガン噛んでいくのをベンチで見守る感じ。いわば、歯の補欠である。右の歯先輩のがんばりを応援する感じ。ひとたび右の歯が疲れてきたら、左の歯が頑張る訳だがコレが意外と左の歯の体力があまりなくて驚くことがある、みんなもそうだろう。ハグキが腫れるだろう、そうだよね、辛いよね。そんなときは一緒に泣こうね、泣いたら泣いた分だけ強くなるよね、そうだよね。

歯たちがみんなで頑張ってるね、コレはもはや「全員野球」ならぬ、「全員歯」ダネ。

 

daikanon.hatenablog.com

 

 

 

・お風呂で歌を歌うか歌わないかの

お風呂は気持ちいい、気持ちいいと歌を歌いたくなる。歌うか歌わないか、ここでも決断が迫られる。「風呂に入ると気持ちいい、でもここで歌うと『あ、あいつ風呂入って気持ちよくなってね?』なんて思われるといけない。風呂に入りながら体はあったまって、心は湯ざめしちゃう、あ〜いけないいけない。」なんて葛藤が自分の中でループし続ける。ループしたあげく、結局は歌うけどね。気持ちいいんだもの。

みつを

いやちがうちがう。みつを、じゃねえよ。

 

 

 

人生は選択の連続だ、上記のように緊急を要し、命に関わる状況ではなかなか安易な選択はできないだろうが、時間は待ってくれない。あなたなりのベストな選択でよりよい人生を送っていただきたい。私は人の選択について、とやかく言うつもりはない。私も私なりのベストな選択で人生をそれなりに暮らしてゆきたい。それはもうそれなりに、だれも到達したことのないようなそれなりの人生を過ごしたい。誰が反対しようと、私はその人生を、「選択」したい。

 

 

では、本日の、ラスト選択

 

 

・この記事の続きを書くか、書かないかの選択

私はこの記事をこれ以上は書かないことを選択する。腕が疲れてきたとかそういう理由ではない、これ以上思いつかないとかそういう理由でもない。私がそれでいいと思えるからそうしようとしているだけであって、別に逃げてる訳じゃない。根気のない人間だと、そういう風に決めつける選択は決してしないでほしい。

 

結論:人の選択について結局はとやかく言ってしまっている

 

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